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第7帖「紅葉賀」の全文訳(10)

2019年4月25日(木) 溝の口「紫の会・木曜クラス」(第37回・№1)

第4木曜日のクラスも第7帖「紅葉賀」の5回目。第2月曜日と同じ、
36頁の12行目~43頁の6行目までを読みました。その後半部分
(41頁・7行目~43頁・6行目)の全文訳です。区切りの都合上、
前半が長くなりましたので、本日の後半部分は短くなっております。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成本」による)


源氏の君はとても残念なことに頭中将に見つけられてしまったことだと
思いながら横になっておられました。

源典侍は呆れたことになったと思って、あとに残っていた指貫や帯などを、
翌朝源氏の君のもとにお届け申し上げました。

「うらみてもいふかひぞなきたちかさね引きてかへりし波のなごりに(お恨み
しても何の甲斐もございません。お二人がお揃いでお帰りになってしまった
そのあとでは)涙も枯れ果ててしまいました」

と書いてありました。源氏の君は「恥知らずな」とご覧になるにつけても
憎らしいけれど、昨夜どうしようもないと途方に暮れていたのもさすがに
可哀想に思われて、
 
「あらだちし波に心は騒がねど寄せけむ磯をいかがうらみぬ(荒々しかった
波〈頭中将〉には心が騒ぐこともありませんが、その波を引き寄せた磯〈源典侍〉
をどうして恨まずにいられましょうか)」

とだけ、書いてお返事をなさいました。帯は頭中将のものでした。ご自分の
直衣の色よりも濃い色だとわかり、比べて見ていると、源氏の君の直衣の
端袖も無くなっていました。「みっともないことだな。女性のことで夢中になる
男は、なるほど馬鹿げたことも起こしがちだろう」と、いよいよ自重しなければ、
という気がなさいました。

頭中将が宿直所から「これを先ず縫い付けなさいませ」と言って、端袖を
包んで寄越したのを、「どうやって持って行ったのだろう」と思うと、面白く
ありません。この頭中将の帯を手に入れてなかったなら、口惜しいことに
なったであろう、とお思いになりました。その帯の色をした紙に包んで、
 
「なか絶えばかことやおふとあやふさにはなだの帯は取りてだに見ず」
(源典侍との仲が途絶えたら、私のせいだと恨まれようかと、この縹の
帯は手に取ってさえも見ておりません)

と歌を添えて届けさせなさいました。折り返し頭中将からは、
 
「君にかく引き取られぬる帯なればかくて絶えぬるなかとかこたむ
(あなたにこのように引き取られてしまった帯(典侍)ですから、
こうして二人の仲は絶えてしまったとお恨みいたしましょう)あなたは
この恨みをお逃れにはなれますまい」

と、書かれた返事がまいりました。

日が高くなってから、それぞれ清涼殿の殿上の間に参上なさいました。
源氏の君がたいそう落ち着いて、昨夜のことなど素知らぬ顔をして
おられるので、頭中将もひどくおかしく思いますが、公務が多忙で、
奏上や宣下に追われる日だったので、たいそうきちんとまじめくさって
いるのを見るにつけても、お互いにやにやせずにはいられませんでした。

頭中将は人がいない時を見計らって近寄って来て、「隠し事はもうこりごり
でしょうね」と言って、如何にも得意そうに横目を使っています。源氏の君は、
「どうしてそんなことがあるものですか。折角忍んで来ながらそのまま帰った
人こそお気の毒なことです。しかし実のところ、ままならぬ男女の仲だよ」と、
口裏を合わせて、お互いに「他言無用」と、口止めをし合ったのでした。


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コメント

源典侍と源氏、頭中将の三角関係は、何度読んでもおもしろいですね。桐壺帝に知られてしまい、源氏がばつの悪い思いをする辺りもほのぼのと致します。朝顔の斎院のもとを訪れた時に思いがけなく再会するわけですが、この時は藤壺の若死をしみじみ惜しむ展開となり、コミカルテイストとは色をわけます。源氏の精神の成長を描いているのでしょうか?

No title

吹木文音さま

コメントを有難うございます。

今となっては、『哀しみの女君たち』に「源典侍」や「明石中宮」をなぜ入れなかったのかしら?と、後悔もしています。

「朝顔」の巻で、源氏が思い掛けなく再会した源典侍は、「紅葉賀」よりも更に13年経って、もう歯も抜け落ち、滑舌も悪くなってしまい、正真正銘のおばあさんです(「紅葉賀」でも既に老女扱いでしたけど)。源氏が、今は老いさらばえた源典侍が働き盛りだった桐壺帝の御代の女御、更衣たちのことに思いを馳せ、若くして逝ってしまった藤壺をしみじみと惜しむのですよね。「紅葉賀」・「花宴」の絶頂期にあった青年源氏も、もう中年。精神的にこうした方向に流れるようになったのだと思います。

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