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両大臣も物ともせず

2019年7月8日(月) 溝の口「紫の会・月曜クラス」(第40回・№2)

久しぶりに青空が顔を覗かせましたが、それも一日中続く訳ではなく、
夕方にはまたどんよりとした雲が広がっていました。まだ梅雨明けは
先のようです。

今月で溝の口の「紫の会」は第8帖「花宴」が終わり、ここで一つの
時代の区切りとなります。「花宴」までは父が帝位にあり、源氏は
その父・桐壺帝の絶大な庇護のもと、時代の寵児としての晴れ姿が
描き続けられてきました。今回の講読箇所でも、源氏は年配者である
左大臣、右大臣に、少しも臆することなく振舞っています。

左大臣邸を訪れても、妻の葵の上はすぐに対面しようともしません。
そんな娘に代わり、いつも最大の気遣いをして源氏のご機嫌を取る
のは左大臣です。この時も、花の宴での源氏の配慮を褒めちぎります。

左大臣とは婿・舅の間柄ですから、これもありかな、と思えるのですが、
右大臣は、源氏を敵対視している弘徽殿の女御の父親です。しかし、
あの朧月夜との出会いから一ヶ月後、右大臣家での藤の花の宴には、
源氏も招待されます。すでに宮中で顔を合わせた時に、右大臣からは
お誘いの声が掛かっているのに、源氏はそれだけでは、足を運ぼうと
しません。源氏に頭を下げてお願いするのは、右大臣としても不本意な
ことでありましょうが、やはりこうした場に源氏不在では「ものの栄なし」
(催し栄えもしない)とお思いになって、ご子息を使者に差し向けられ
ました。

それでもすぐにお出でになるわけではありません。念入りにおしゃれを
して、「いたう暮るるほどに」(すっかり日が暮れる頃に)、散々右大臣を
焦らしてから、お出掛けになったのでした。

これが翳りの差し始める前の、驕り高ぶった青年期源氏の最後の姿
でした。次の「葵」の巻との間には、二年の空白があり、こうした若さに
任せた気儘な源氏を、もう見ることは出来ません。

この辺りの詳しい内容は、先に書きました「花の宴の全文訳(4)」で、
ご確認いただければ、と存じます。


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コメント

No title

コメントいただき、ありがとうございます♫
歴史については、いろいろ変化していますね。
「いい国作ろう鎌倉幕府」も、今は昔となってしまったようで・・・・
今後も新しい事実がいろいろ出てくるかと思いますが、それはそれで楽しみでもありますね。

源氏もかなり「上から目線の人」なんですね!
でも、堂々とできるというのは、それだけ自分に自信がある証拠なので、うらやましくもあります。

No title

utokyoさま

コメントを有難うございます。

学習塾でのお仕事をなさっていると、歴史の変化にもきちんと対応していらっしゃると思いますが、私などは、半世紀以上も前に学校で習って以来知らないままなので、先日の「大山古墳」もそうですが、「えっ、いつからそうなったの?」となってしまいます(-_-;)

自分に自信のある人って、羨ましいですね。

今日も梅雨空です。どうぞご自愛下さいませ。

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