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「蜻蛉」の並びの巻「手習」

2019年7月28日(日) 淵野辺「五十四帖の会」(第164回)

心配していた台風6号は、たいしたことなく夜中の内に通り過ぎて、
朝から強い日差しが照りつける真夏日となりました。

今日はまだ、東海までしか梅雨明け宣言は出ませんでしたが、
関東も一両日中かと思われます。去年に比べると一ヶ月遅れの
梅雨明けですね。

淵野辺のクラスは、今回から第53帖「手習」に入りました。この会の
名称にもなっていますが、「源氏物語」は「五十四帖」ですから、
これからは一回毎に、ゴールの近づきを実感しながら読むことに
なりそうです。

第52帖「蜻蛉」は、浮舟が失踪した、薫27歳の晩春から、同じ年の秋、
儚げに飛び交う蜻蛉を見て、八の宮の姫君たち(大君・中の君・浮舟)
とのはかない宿世を、薫が独り思うところ迄で終わっていました。

そして「手習」の巻は、再び「蜻蛉」と同じ浮舟失踪直後に時を戻して、
翌年の晩春までの一年の出来事が、今度は浮舟側から語られること
になります。

このように時間的に同時進行する巻を「並びの巻」と言います。

「源氏物語」には、他にも「並びの巻」となっているところは何ヶ所か
ありますが(例えば、第22帖「玉鬘」は第21帖「少女」の「並びの巻」)、
「手習」の巻ほど「並びの巻」を意識することはありません。

それは、失踪した浮舟は宇治川に身を投げて死んだとされて、薫や
匂宮をはじめ、残された人々の思いが綴られた「蜻蛉」の巻と、いや、
実はその時浮舟は生きていてこうこうだったのですよ、と語られる
「手習」の巻なのですから、この「並びの巻」の持つ意義は、おのずと
お分かりいただけようかと思います。


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