fc2ブログ

第9帖「葵」の全文訳(7)

2019年11月11(月) 溝の口「紫の会・月曜クラス」(第44回・№1)

今月の「紫の会」の講読箇所は、84頁・11行目~92頁・2行目迄で、
第9帖「葵」のクライマックスにあたります。その前半(84頁・11行目
~88頁・6行目)の全文訳です。後半は11/28(木)に書きます。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)

まだ出産までには間があると、左大臣家では皆が油断なさっていたところ、
葵の上は急に産気づかれてお苦しみになるので、いっそう効験あるお祈り
の数もこの上なくおさせになりますが、例によって、執念深い物の怪が一つ、
けっして動こうとはせず、霊験あらたかな験者たちも、普通ではない、と持て
余しておりました。さすがにひどく調伏されて、痛々し気に泣き苦しんで、
「少し祈祷をお緩めくださいな。源氏の君に申し上げるべきことがあります」
とおっしゃいます。女房たちは「やっぱりそうだ。何かわけがあるのでしょう」
と言って、葵の上の傍の几帳のもとに源氏の君をお入れしました。

まるで臨終のような有様でいらっしゃるので、源氏の君に遺言なさりたいこと
でもおありなのかと思って、葵の上のご両親も少し退かれました。加持の僧
たちが、声を抑えて法華経を読んでいるのはたいそう尊い感じがいたします。

源氏の君が御几帳の帷子を上げてご覧になると、葵の上はとても美しくて、
お腹がたいそう高くて横になっておられる様子は、夫婦でなくても、このお姿
を拝見したらきっと心が乱れるでありましょう。ましてや源氏の君が、惜しくて
悲しいとお思いになるのは無理からぬことでした。白いお召し物に色の対象
が鮮やかで、御髪がたいそう長くて多いのを、結んで枕元に添えてあるのも、
こんなふうに取り繕っていないでこそ、可愛らしく優美な感じが加わって美しい
のだ、と、見えます。

源氏の君が葵の上の手を取って、「ああ、ひどい。私に辛い目をお見せに
なるのですね」と言って、あとはものも申し上げずお泣きになるので、葵の上は、
いつもはとても気詰まりで、こちらの気が引けそうな眼差しですが、今はひどく
だるそうに見上げじっと源氏の君を見つめ申しているうちに、涙がこぼれて、
そんな葵の上の様子をご覧になっては、どうして夫婦の情愛に動かされない
ことがありましょうか。

葵の上があまりひどくお泣きになるので、おいたわしいご両親のことを
お考えになり、また、こうして自分をご覧になるにつけて、もうこれが最後か
と残念にお思いになっているのであろうか、と源氏の君はお思いになって、
「何事もそんなに深く思い詰めなさいますな。こんな状態でもたいしたことは
ございますまい。また、たとえどうなっても、我々の間柄なら、必ず逢える時が
あるようですから、お目に掛かれるに違いありません。左大臣、大宮なども、
前世からの深い因縁がある仲なので、後の世でも切れることはなく、また
きっとお会いになれるとお思いください」とお慰めになると、「いいえ、違うの
です。私の身体がとても苦しいので、しばらくご祈祷をお休みいただきたいと
存じまして。このようにここへ参上するつもりなど、さらさらございませんのに、
物思いをする人間の魂は、本当に我が身からさまよい出るものだったのです
ね」と、親し気に言って、

「嘆きわび空に乱るるわが魂を結びとどめよしたがひのつま(嘆き悲しみ、空に
さまよっている私の魂を、あなたが繋ぎとめてください、下前の褄を結んで)」

とおっしゃる声、様子は、葵の上とは似ても似つかず、すっかり変わってしまって
いました。実におかしな事だ、と源氏の君が思い巡らされると、まさしくあの
六条御息所でありました。呆れ果てて、人が何かと噂するのを、下々の者たちが
勝手に言っていることだと、聞くに堪えないとお思いになり打ち消しておられました
が、それを目の当たりにはっきりと見てしまって、「世の中にはこんなことが起こる
のだったのだ」と、嫌気がさしてしまわれました。「ああ嫌だ」と思われて、「そう
おっしゃるが、誰とも分からない。しかとお名乗りなさい」とおっしゃると、まさに
御息所その人のご様子なので、「呆れ果てた」などという表現ではありきたりに
なってしまいます。女房たちが近くにやって来るのも、源氏の君はいたたまれなく
お思いになっていました。

少し苦しまれる御声も静まりなさったので、小康を得られたのであろうか、と、
母宮が薬湯をお寄越しになったので、葵の上は女房たちに抱き起されなさって、
程なく若君がお生まれになりました。皆が嬉しいとお思いになることはこの上
ありませんが、憑坐に乗り移された物の怪たちが、悔しがって悶える様子が
実に物騒がしくて、後産のこともまた心配でした。言い尽くせないほどの願を
立てさせなさったからでしょうか、無事にそれも終わったので、天台座主や、
誰それと言った尊い僧たちが、得意顔で汗をおし拭いながら急ぎ退出しました。

多くの人が神経をすり減らしたここ何日間かの余韻も、少し収まって、今は
いくら何でも大丈夫とお思いです。御修法などは、またまた始め加えさせ
なさいますが、先ずは、誰もが興味があり、物珍しい若君のお世話にかまけて、
ほっと気が緩んでいました。桐壺院をはじめ、親王たち、上達部が、残る人無く
お贈りになった産養の品々が、めったになく豪華なのを、夜毎に見ては大騒ぎ
をしております。この御子が男の子でもあったので、産養の間の儀式は盛大で
立派なものでした。


スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

訪問者カウンター