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岩根の松

2019年11月25日(月) 溝の口「湖月会」(第137回)

この一週間は気温の乱高下が続いています。「古典の日」フォーラムに
参加した火曜日は、ちょっと動くと汗ばむほどの陽気。金曜日、土曜日は
一日中冷たい雨が降って寒く、今日はまた昼間はコートが要らない位の
暖かさでした。明日は一気に気温が下がって冬の寒さになるとのこと。
体調管理も難しいです。

このクラスも第2金曜日のクラス同様、今回で「宇治十帖」最初の巻である
第45帖「橋姫」を読み終えました。

終盤、薫は弁という、今は八の宮家の女房となっている、実父・柏木の
乳母子から、自分の出生にまつわる話を聞き、これまでずっと抱き続けて
来た疑念がようやく明らかになりました。薄々感づいていたものの流石に
その日、京へ帰っても宮中に出仕する気にもなれないのでした。

弁が薫に手渡した柏木のこの世での最後の手紙には、次の歌が記されて
いました。

「命あらばそれとも見まし人知れず岩根にとめし松の生ひ末」(命があれば、
密かに我が子と見ることも出来ましょうに。誰にも知られず岩根に残した
松の成長していく姿を)

もちろんここで柏木が「岩根の松」に譬えているのは薫です。

偶然にも同じ頃、源氏も薫を「岩根の松」に譬えた歌を詠んでいます。
こちらは、出家した女三の宮に向かって浴びせた嫌味な一首です。

「誰が世にか種はまきしと人問はばいかが岩根の松はこたへむ」(昔、一体
誰が種を蒔いたのかと人が訊いたなら、岩根の松は何と答えるのでしょうか)

これらからして、薫の呼称は「岩根の松」でも良かったのでは?と言いましたら、
皆さまの反応は「いやぁ、それはちょっと~」でした。身体から発する芳香に
よって付けられた「薫」のほうが、馴染んでいることもありましょうが、確かに
すっきりとした綺麗な呼称ですね。


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コメント

No title

昨日の温かさとは打って変わった、今日の寒さです
季節の変わり目と言いますが、今年は夏からいきなり冬が来たような気候で、このような急激な気温の変化は身体に応えます

さて、昨日の「橋姫」ではついに、柏木の乳母子である弁から薫の出生の秘密が語られます
慎重で疑り深い薫は、弁の話をそのまま受け入れてはいなかったようっですが、
話しているうちに信用のおける人物だと思うようになります
そして、従妹の小侍従から託された手紙が入った黴臭い袋を渡されます

屋敷に帰って、その袋を開ける薫はどれだけ恐ろしく、ドキドキしたことでしょう
そこには、病が重く死を覚悟した柏木が女三宮に宛てた手紙と、女三宮からの返事が五、六通入っていました
柏木の、「命あらばそれとも見まし人知れず 岩根にとめし松の生ひ末」
は読んでいて涙が出ました  死ぬ前に、自分の子を一目でもみたかったことでしょう
こうして、はっきりと自分の出生の秘密を知った薫が、母君である女三宮に会いに行くのは自然なことだと思います
事実の重さもさることながら、亡き父と母との絶対に知られてはいけない証拠を入手できたわけですから

ところが、母女三宮はあまりにも若々しく悩みもない様子で、尼でありながらお経を読んでいることを恥じるような方です
この母に自分が出生の秘密を知ったことを伝えるのはやめようと決心する薫の気持ちが哀れですね
そして、ますます孤独感は深まっていくことでしょう

先生がおっしゃった、八の宮と薫の会話
八の宮がはっきりと、娘のどちらかと結婚して二人の面倒を見てほしいと薫に頼めば、薫も具体的な返事ができただろうと思います
このつめの甘さが後の不幸に繋がっていくのですね













No title

夕鶴さま

寒い一日となりましたね。

今日は「かな書」の展示会と、それに付随して開催された「連綿体験ワークショップ」に、友人に誘われて行っていたので、返信コメントが遅くなってしまいました。

夕鶴さんはもう長く書をなさっているので、筆を持つ事にも慣れておられると存じますが、私には新鮮で貴重な体験でした。後でブログで報告したいと思います。

今日も嬉しいコメントに感謝です。いつもブログを書く時にはどこを取り上げようか、と悩みますが、夕鶴さんからのコメントがあると、書けなかったところも的確にご紹介頂いているので有難いです。

柏木の形見を受け取った時の薫の心境、一人重い気持ちを抱えて母・女三宮を訪ね、未だに少女のような母親に抱く薫の思い、巧みな描写に唸らされますよね。

次回より「椎本」に入りますが、引き続きよろしくお願いいたします。




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