fc2ブログ

第9帖「葵」の全文訳(8)

2019年11月28日(木) 溝の口「紫の会・木曜クラス」(第44回・№1)

こちらのクラスも、第2月曜日のクラスと同様、第9帖「葵」のクライマックス
にあたる84頁・11行目~92頁・2行目迄を読みました。その後半部分の
(88頁・7行目~92頁・2行目)の全文訳です。前半は→こちらをご覧下さい。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)


あの御息所は、このようなご様子を耳になさるにつけても、心穏やかでは
ありません。前にはたいそう危ないという噂だったのに、安産とはまあ、と、
ふとお思いになるのでした。

妙なことに、自分が自分ではないような気分を思い辿ってごらんになると、
お召し物などにも、ただ芥子の匂いが染みついているその不審さに、髪を
洗い、お召し物もお着替えなどなさって、お試しになりましたが、相変わらず
芥子の匂いがするばかりでした。自分のことでさえ疎ましいことだと思われる
のに、ましてや他人がどのように思い、言うであろうかなどと、人に相談できる
ことではないので、一人で思い嘆いておられると、ますます平静でない状態が
募って行くのでした。

源氏の君は、葵の上のご安産に気持ちも少しほっとなさって、呆れ果てたあの
時の問わず語りも、嫌なことだったと思い出されなどしながらも、御息所の許を
訪れずにたいそう日が経ってしまうのも心苦しく、かと言ってまた間近でお逢い
すれば、どうであろうか、きっと嫌に感じられるであろうから、それでは却って
御息所にとってお気の毒だと、あれこれお考えになって、御息所にはお手紙
だけを差し上げなさいました。

ひどくお患いになった葵の上の産後の余病が油断ならず、誰もがご心配に
なっているので、源氏の君もごもっともだと思い、外出もなさいません。葵の上
は相変わらずとてもお具合が悪そうにばかりしておられるので、源氏の君は
まだ普段のように対面なさってもおりません。

若君がたいそう不吉な感じがするほど可愛らしく見えなさるご様子なのを、
源氏の君が今から、特別大切にお世話なさることは一通りではありません。
思いが叶った心地がして、左大臣も嬉しく有難いと思い申し上げなさるにつけ、
ただ葵の上のお具合がすっかりお治りにならないのを、気掛かりにはお思い
でしたが、あれほど重篤だったのだから後を引いているのだろう、とお考えに
なり、どうしてそんなに心配ばかりしておいでになれましたでしょうか。

若君(夕霧)のお目元の可愛らしさなどが、東宮(のちの冷泉帝)にとてもよく
似ておられるのをご覧になるにつけても、東宮のことが真っ先に恋しく思い
出されなさるので、我慢できなくて、宮中に参内なさろうとして、「宮中などにも
あまりにも長く参内しておりませんので、気掛かりで、今日あなたのご出産後
初めて出掛けますが、その前に少しお側近くでお話したいものです。そうした
対面がないのは、あまりにも水臭いよそよそしさではありませんか」と、源氏の
君が恨み申し上げなさるので、葵の上の女房たちも、「ほんに仰せの通り、
もう一途に気取ってばかりいて良い間柄でもございませんから、ひどくおやつれ
になったとは申せ、物越しでのご対面などであってよいものでしょうか」と言って、
葵の上が寝ておられる所に、源氏の君の御座所をお側近くご用意したので、
源氏の君は几帳の中に入ってお話かけたりなさいます。

葵の上はお返事を時々申し上げなさるものの、やはりたいそう弱々しげです。
けれど、もうすっかり駄目だと思い申し上げていた時のご様子を思い出されると、
夢のような気がして、予断を許さなかった時のことなどを葵の上にお話なさるに
つけても、あの全く息も絶えたようでいらしたのが、急に様子が変わって、細々と
おっしゃったことなどを思い出されると辛いので、「いやどうも、お話申し上げたい
ことは山ほどございますが、まだひどくだるそうでいらっしゃるので」と言って、
「お薬湯を召し上がれ」などということまでもお世話なさるので、いつこんなことを
覚えられたのかしら、と女房たちは感心申し上げておりました。

とても美しい人が、ひどく衰弱しやつれて、生きているのか死んでいるのかも
分からないような状態で横たわっておられる様子は、とても可憐で痛々しい感じ
がします。髪が乱れた一筋もなく、はらはらとかかっている枕の辺りは、またと
無い程までに美しく見えるので、長年この方のどこに不足があると思っていた
のだろう、と不思議な程に葵の上に目が引かれ、源氏の君はじっとご覧になって
いるのでした。

「院の御所などにお伺いして、早々に退出してまいりましょう。このようにして、
あなたと隔てなく対面出来ますれば嬉しいのですが、母宮がお側について
おられるのに、私が居ては気が利かないかと、遠慮して過ごして来たのも辛い
ので、やはり段々と元気をお出しになって、いつものお部屋へお戻りください。
あまり子供っぽく振舞っておられるので、それが一つには、このようにいつまでも
よくなられないのですよ」などと言い置かれて、たいそう美しくお着飾りになって
出て行かれるのを、葵の上はいつもよりじっと目を留めて見送って横になって
おられました。

秋の司召があるはずの日で、左大臣も参内なさるので、ご子息たちも査定に
期待なさるところがあって、左大臣のお側をお離れにならず、皆引き続いて
お出ましになりました。


スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

訪問者カウンター