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絶妙な心理描写

2019年11月28日(木) 溝の口「紫の会・木曜クラス」(第44回・№2)

11月11日の記事の最後に、御息所が、自分が生霊となっていると
気づき苦悩する姿と、源氏が御息所を見舞おうかどうか、と迷う姿が、
絶妙な心理描写で綴られている場面を、第4木曜日のほうで紹介します、
と予告しておきましたので、今日はその場面についてです。

既に前回読んだところで、葵の上に憑りついている執念深い物の怪が
自分の生霊ではないかという噂が立っていることを六条御息所は気に
病み、実際うとうととして見る夢の中で、美しい姫君に暴力を加えている
己の姿を見ることもあって、そのような悪評が立つことにいたたまれない
思いをしておりました。でも、これはまだ夢の中での話。自分の中で「私が
現実にそんなことするわけがない」と、打ち消すことも出来る段階だったと
考えられます。

ところが、今回のところで、御息所はそれを否定できない事実を自ら悟る
ことになります。髪や着物に染みついた芥子の匂いが、いくら洗っても、
着替えても取れないのです。芥子は物の怪調伏の祈祷の際に、護摩に
焚いて使われるものでした。やはり魂がさ迷い出て葵の上に憑りついた
のか、と思うと、誰にも相談できることでもないので、ますます追い詰め
られて気が変になっていくようでした。

気位も品位も人一倍高い方だけに、そんな自分が許せないし、他人の
思惑を考えると、辛くて苦しくて堪らなかったはずです。その心理を
芥子の匂いという媒体を使って、100%効果的に描写して見せた作者
の筆力は「見事といふも世の常なり」(見事と言うのもありきたりの表現
になってしまう)ですよね。

一方、御息所の生霊を目の当たりにしてしまった源氏も悩んでいます。
このままずっと御息所の許を訪れないというのも心苦しく、かと言って、
間近で逢えば、疎ましく感じられるに違いない。結果、源氏は御息所に
手紙だけを差し上げた、とあります。

普通、源氏の立場なら、もう二度と御息所には関わりたくない、と思う
はずなのに、そうではないのです。何故か?それを読者に推測させる
ところがこの作者の凄さ。おそらく源氏は、御息所が生霊にまでなって
しまった原因が自分にあることを知っていて後ろめたさを感じていたから
だと思います。

行間に書かれた絶妙な心理描写、「源氏物語」の醍醐味ここにあり、と
いったところでしょうか。

ストーリーを通してお読みになるには、先に書きました「葵の全文訳(8)」
をご覧ください。


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