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第9帖「葵」の全文訳(17)

2020年8月27日(木) オンライン「紫の会・木曜クラス」(第1回・通算48回・№1)

今月よりオンラインでの例会を始めた溝の口の「紫の会」ですが、会場での
例会と同じように、月曜日クラスと木曜日クラスに分けましたので、今日の
木曜クラスは先週の月曜クラスと同じ、114頁・12行目~120頁・13行目迄を
読みました。その後半部分(118頁・1行目~120頁・13行目)の全文訳です。
前半は8/17の「葵」の全文訳(16)をご覧ください。
(頁・行数は、「新潮日本古典集成 源氏物語二」による)


源氏の君は紫の上のご機嫌を取りあぐね、今初めて盗み出して来た人の
ような感じがするのもとても面白くて、「長年可愛いと思って来た気持ちは、
結ばれてからの感情に比べたら、ほんの一部分にも当たらない程だった、
人の心とは何ておかしなものなのだろう。今は一夜でも絶え間を置くのは
たまらないことであろう」と、お思いです。

お命じになった餅を、惟光は、こっそりとたいそう夜が更けるのを待って、
持参しました。少納言の乳母は年輩の者だから、紫の上がきまり悪くお思い
になろうか、と惟光は察しよく気を遣って、少納言の娘の弁という者を呼び
出して、「これをそっと差し上げてください」と言って香壺の筥を一つ差し
入れました。「これは間違いなく枕元にお持ちすべきお祝いの品でござい
ます。ゆめゆめ疎略にお扱いになりませぬよう」、と惟光が言うと、弁は
妙なことだと思いますが、「『あだ』(浮気)なんてこと、まだ存じませんのに」
と言って受け取るので、惟光は、「真面目な話、今はそんな『あだ』なんて
言葉は謹んでくださいよ。まさか使いはしないでしょうが」と言いました。

弁はまだ年若く、事情も深く察することが出来ないので、紫の上の許に持参
して、枕元の御几帳から差し入れましたが、源氏の君は、いつものように、
三日夜の餅の意味を紫の上に教えなさったことでしょうよ。

女房たちは知ることが出来ずにいましたが、翌朝、この筥を下げさせなさった
ので、お側近くにお仕えしている者たちは、お二人が夫婦の契りを交わされた
のだと思い合わせることがあれこれとありました。御皿なども、惟光はいつの
間に調達したのでしょう、花足の台のとても綺麗なのを用意して、餅の状態も
趣向を凝らし、とても美しく整えてありました。少納言の乳母は、よもやこれ程
までにしてくださることはなかろう、と思い申し上げていたのに、源氏の君の
ご配慮がしみじみと恐れ多く、行き届かない点のないお気持ちが嬉しくて、
先ず涙が出て来るのでした。「それにしても、内々に私たちにお命じ下されば
よかったのにね。あの人(惟光)も、どう思ったでしょう」と、女房たちは囁き
合っているのでした。

それからというものは、源氏の君は宮中にしろ、院の御所にしろ、ほんの
ちょっと参上なさっている間でさえ、落ち着かず、いつも紫の上の面影が
ちらついて恋しくてならないので、「妙な気持ちだなぁ」と、我ながらお思い
になっておりました。

お通いになっている女君たちからは、恨めしそうに、お便りを差し上げたり
なさることもあるので、源氏の君は、気の毒だとお思いになるお方もござい
ますが、結ばれたばかりの紫の上のことが気掛かりで、「一夜たりとも間を
置くことなどできようか」とお辛く思われて、他の女性の所へ通うのは億劫で、
専ら体調がすぐれない、ということになさって、「妻を亡くしたばかりで、この世
のことが厭わしく思われますので、この時期をやり過ごしてから、お目にかかり
ましょう」といったお返事だけをなさりながら、お過ごしになっておられました。
 
御匣殿(朧月夜)がやはり源氏の君にばかり心を寄せておられるので、右大臣
は、「なるほど、それもまた、あのような重々しくていらした本妻もお亡くなりに
なったようだから、源氏の君の正妻に納まることに、何の不足があろう」と
おっしゃいますが、弘徽殿の大后は、とても源氏の君を憎くお思いになって、
「宮仕えもしっかりとさえなさるなら、何も不都合はございますまい」と、朧月夜
の入内を熱心にお考えでした。源氏の君も、朧月夜への愛情は並々では
なかったので、残念だとはお思いですが、今は紫の上以外の女に心を分ける
気もなさらず、浮気などして何になろう。こんなにも短い人生のようだから、
このまま紫の上を妻に思い定めよう、おんなの怨みも受けないようにしよう、と、
六条御息所の一件以来、いっそう危ないことと懲り懲りしたお気持ちになって
おられました。
 
その六条御息所のことは、とてもお気の毒ではありますが、本当に正妻として
お頼り申し上げることになったら、必ず上手く行かないであろう、これまで通り、
愛人関係で大目に見て下さるのなら、しかるべき折にお便りを交わし合う相手
としては相応しいであろう、などと、さすがに全く御息所をお見限りにはなれず
にいらっしゃるのでした。


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