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紫の上の結婚

2020年8月27日(木) オンライン「紫の会・木曜クラス」(第1回・通算48回・№2)

先週よりはマシだけどまだ高い気温。先週よりマシだけどまだ多い
感染者数。これらがストンと下がるのは、いつになるのでしょうか。
まぁ、猛暑のほうは、それでもあと数日の辛抱かと思いますが・・・。

「紫の会」は先週の月曜クラスに続いて、今日は木曜クラスのほうで、
初めてのオンライン例会を行いました。講読箇所は月曜クラスと同じ
です。

10歳の冬、半ば誘拐のような形で、源氏に二条院へと連れて来られた
若紫でした。それから丸4年、もうよかろう、と源氏は若紫と新枕を交わし、
若紫は源氏の妻・紫の上となりました。

その時の紫の上の驚き、羞恥心、悔しさ、が巧みな文章で描かれて
いることは8/17に書いた通りです(その記事は⇨⇨こちらから)。

この先、紫の上は43歳の秋に亡くなるまで、終生源氏の最愛の妻と
して過ごしますが、後半生は苦渋に満ちたものとなります。

それは紫の上が32歳の春、僅か14、5歳の女三の宮(父は源氏の兄・
朱雀院)が、源氏のもとに降嫁してきたからです。

既に20年以上、源氏と共に暮らして来た紫の上ですが、皇女の女三の宮
に身分は及びませんし、何よりもネックとなったのは、源氏と正式な結婚を
していなかったということでした。

当時の正式な結婚は、男性が女性の許に三夜続けて通い、そこで「露顕」
(ところあらわし)という、結婚披露宴にあたるものが行われ、初めて二人の
結婚が世間にも認知されました。ところが、源氏と紫の上の結婚は所謂
「野合」(やごう)と呼ばれるもので、今で言うなら事実婚、ということになり
ましょうか。

女三の宮が六条院に降嫁して来たころには、その実績からして、本人も
世間も、紫の上を正妻のように見なしていましたが、それはあくまで「正妻格」
であって「正妻」ではなかったのです。

それでも、女三の宮にその座を譲り、ひたすら耐え忍ぶことで六条院の平和
と秩序を守ろうとした紫の上でしたが、自らが病に倒れたことをきっかけに、
もろくも崩れ去ってしまいました。

第二部の「若菜上」以降、苦悩の中にあっても、常に周囲への気遣いを
最優先させて生きようとする紫の上が描かれます。「若紫」の巻で、初めて
源氏の前に姿を見せた時のあのあどけなさ、そして無垢な少女から大人の
女性になった時の、源氏に拗ねて見せるこの場面、第二部でも思い出して、
ぜひ重ね合わせて読んでいただきたいところです。

本日読みましたところの後半部分、詳しくは第9帖「葵」の全文訳(17)
ご覧くださいませ。


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